人通りの少ない裏道や部屋のどこかにある<暗い隙間> 夜中客がいなくなり不気味に静まり返る<デッド・モール> 奇怪なものが出ても不思議でない古びた<アパート>
あなたが普段過ごしている生活の場にも、なぜか少し近寄りがたい、何か奇妙な雰囲気が漂う、そんなどこか“歪んだ空間”がきっとあるはず。そこにはあなたが視線を逸らしたい“もの”、あなたに執拗に襲い掛かる“もの”が居る……
香港を舞台に三つの歪んだ空間で起きる怪奇現象を描くサスペンス・ホラー・オムニバス映画『香港怪奇物語 歪んだ三つの空間』。『メイド・イン・ホンコン』で香港インディペンデント映画界の名監督フルーツ・チャン、『少林サッカー』や『ミラクル7号』などチャウ・シンチー監督作品の脚本を務めたフォン・チーチャン、『ドラゴン・キングダム』『ダークナイト』などハリウッド作品に携わり、その後脚本執筆やプロデュース業を経て、本作が長編初監督作となったホイ・イップサンという3人の奇才が集結して、日常のすぐそばにある恐怖を撮り上げた。
「暗い隙間」(ホイ・イップサン監督)には『テイル・フロム・ダーク1: 迷離夜』で不気味な女子高校生を演じたチェリー・ガンが、どこからか自分を見つめる“眼”に怯えるシンガーを演じる。続く「デッド・モール」(フルーツ・チャン監督)で「オカルト捜査局」のライバーを演じるのは、『縁路はるばる』で主人公の同僚を演じたセシリア・ソー。台湾出身で歌手・俳優として香港でも活躍するリッチー・レンは「アパート」(フォン・チーチャン監督)で、多くの殺人を犯したヤクザ男ホーを演じる。他にもジェリー・ラム、ローレンス・チェン、ケルビン・クァンなど演技派俳優が顔を揃える。
中学生のヤウガーは親友のアリスと別れた後の帰り道、裏通りの“暗い隙間”で死体を発見する。死体のカッと見開かれた眼が彼女のその後の人生を狂わせるのであった。
数年後シンガーとなったヤウガーは新居に引越しをする。音楽プロデューサーで不倫相手のアルンとの時間を過ごすためだった。その夜、SNS でJoJo Bear というハンドル名の人物からのメッセージを受け取る。向かいに住むジョセフからと確信してヤウガーはメッセージのやり取りを楽しむが、一方で部屋の中であの“眼”に見られているという恐怖を感じ情緒不安定に陥るのであった。
そしてアルンが殺される事件が起こり、ヤウガーは“眼”に部屋の「暗い隙間」に追いつめられるのであった……
監督:ホイ・イップサン
(HOI Ip Sang , Wesley/許業生)
2003年に英国ノッティンガム・トレント大学でマルチメディア製作の学位を取得。20年に渡り映画テレビ界で活躍し、ジャッキー・チェン、ジェット・リー主演『ドラゴン・キングダム』(08年)、クリストファー・ノーラン監督『ダークナイト』(08年)などのハリウッド作品に携わる。タン・ウェイ主演の中国映画『本がつなげる恋物語』(16年)ではマカオでのプロダクションマネージャーを務めた。マカオから中国本土、香港と渡り歩き、最終的にマカオでCMや映画の制作会社を設立。監督として20 作以上のCMや公共機関の映像を制作。近年、脚本制作にも積極的に参加している。本作は初めての劇場公開監督作品となる。
ヤウガー:チェリー・ガン
(Cherry NGAN/顔卓霊)
1993年12月27日、香港生まれ。香港の女性シンガーで俳優兼モデル。2012年に『狼たちのノクターン 夜想曲』で映画初出演。その後、『テイル・フロム・ダーク1: 迷離夜』(13年)の「握った手」(リー・チーガイ監督)、フルーツ・チャン監督『ミッドナイト・アフター』(14年)など有名なネット小説を原作にした映画に出演。2013年には『狂舞派』で香港電影金像奨と台湾の金馬奨の主演女優賞にノミネートされている。本作では少女時代にトラウマを抱える歌手の役で、役柄と観客との距離を近づけるため、多層的な演技を求められ、大きな挑戦となっている。
アリス:ン・ウィンシー
(NG Wing Sze/伍詠詩)
1997年1月2日、香港生まれ。香港の新世代俳優。2015年インディーズ短編映画のコンペティション“鮮浪潮(フレッシュ ・ウェーブ に出品された『若男』(未)で注目される。出演作に、アメリカのインディペンデント映画祭で最優秀主演女優賞を受賞した『逆さま』(「2021年香港インディペンデント映画祭」にて上映)、主演を務めた『堕胎師(原題)』(19年)などがある。2022年日本で公開された『七人樂隊』(21年)のジョニー・トーが監督した「ぼろ儲け」では茶餐廰で投資に没頭する女性を演じた。
ライブ配信で投資案件を提供するヨン・ワイ。新装オープンした「リードモール」でライブ配信を始めるヨンは、配信途中ガスマスクをした怪しい女を目にする。続いてモールに現れたのは、巷の奇妙な噂の真相を配信で暴露する女性ライバーのガルーダ。このモールは14年前火事によって大勢の死傷者を出した「ラッキーモール」の跡地に建てられたもので、幽霊が出るなど呪われたモールとして噂され、その真相を解明するためガルーダはやって来たのであった。
女と不気味な警備員が現れ、遂には殺人事件が発生し、二人のライバーは「デッド・モール」の中を走り回るのであった……
監督:フルーツ・チャン
(Fruit CHAN/陳果)
1959年4月15日、広東省生まれ。映画監督、プロデューサー、脚本家。1993年『大鬧廣昌隆』(未)で監督デビュー。1997年中国返還が迫る香港を舞台に青少年の揺れ動く姿を描いた『メイド・イン・ホンコン』は香港電影金像奨や台湾の金馬奨などで最優秀監督賞を受賞するなど、世界の映画祭で評価される。その後、『花火降る夏』(98年)、『リトル・チュン』(99年)と合わせ“香港返還三部作”や、“娼婦三部作”の『ドリアン・ドリアン』(2000年)『ハリウッド★ホンコン』(01年)『三人の夫』(18年)など香港から世界に向け作品を送り出す。その活躍は監督業だけでなく、ヨン・ファン監督『桃色 Colour Blossoms 』(04年)、アンソニー・ウォン主演『淪落の人』(18年)などをプロデュースする。
ヨン・ワイ:ジェリー・ラム
(Jerry LAMB/林暁峰)
1970年9月28日、香港生まれ。俳優、MC 、歌手。レスリー・チャン主演『君さえいれば 金枝玉葉』(ピーター・チャン監督、94年)でレスリー演じるサムのアシスタント役で芸能界入りする。その後バイプレーヤーとして多くの映画、ドラマに出演、またTV 番組や音楽賞のMC など幅広く活躍する。俳優としては『欲望の街 古惑仔』シリーズのポウパン役で広く観客に知られている。
ガルーダ:シシリア・ソー
(Cecilia SO/蘇麗珊)
1992年8月6日、香港生まれ。俳優、モデル、歌手。香港理工大学在学中からモデル業を始め、2014年大学卒業後に出演した映画『私たちが飛べる日』(15年)で俳優デビュー。若々しく自然な演技で観客の心に強い印象を残し、台湾の金馬奨と香港電影金像奨の新人賞にノミネートされた。2023年日本でも公開された『縁路はるばる』(21年)では主人公の同僚を演じている。また、歌手としてもデビューし、芸能活動以外にもSPA やレストランの経営にも携わるなど、多岐にわたり活躍している。
ネット小説家のアチーはアパートの1 階で、全身水浸しで顔面蒼白の溺死者らしき幽霊に遭遇する。慌てて部屋に戻り、下の階に住むカッチャイに助けを求めると、カッチャイをはじめ他の入居人である霊感婆さん、ランおじさんも同じ幽霊を目にしたという。4 人は幽霊の出現が4 階に住む謎の男に関係していると疑い男の部屋を訪ねると、部屋から出てきたのは数々の殺人を犯してきた伝説のヤクザ ホー・フンであった。5 人は幽霊退治を決意するが、霊感婆さんとランおじさんは命を落としてしまう。残されたアチー、ホー、カッチャイが幽霊の正体を突き止める中で、驚愕の事実が暴かれていくのであった。
古びた「アパート」の悪夢の一夜は始まったばかり……
監督:フォン・チーチャン
(FUNG Chih Chiang/馮志強)
香港生まれ。香港を拠点に活動する監督、脚本家。脚本家として、チャウ・シンチー監督の『少林サッカー』(01年)、『ミラクル7 号』(08年)、『人魚姫』(16年)、ジョニー・トー監督の『スリ』(08年)など多くの作品を手掛ける。2012年には『懸紅(原題)』で監督デビュー。香港電影金像奨の新人監督賞にノミネートされる。2019年にはルイス・クーを主演に迎え『犯罪現場』を撮り、香港電影金像奨で6 部門にノミネートされ、2020年9 月に開催された「アジアフォーカス・福岡国際映画祭2020 」にて観客が投票して決まる「福岡観客賞」を受賞した。
ホー・フン:リッチー・レン
(Richie REN/任賢齊)
1966年6月23日、台湾生まれ。歌手、俳優。台湾で歌手として芸能界デビューし、96年に発表したアルバム「依靠」「心太軟」で注目を浴び、98年のシングル「封面的女孩看過来」が大ヒットして、その後は開催するコンサートも常に大盛況である。デビュー当時から俳優活動も行うが、99年に出演した『星願 あなたにもういちど』での好青年ぶりが評価され、その後も『ブレイキング・ニュース』(04年)、『エグザイル/絆』(06年)、『奪命金』(11年)、『花椒(ホアジャオ)の味』(19年)などヒット作に出演する。2016年に出演した『大樹は風を招く』では香港電影金像奨の主演男優賞にノミネートされる。好青年から悪役まで幅広い役どころで活躍する。
アチー:ソフィー・ン
(Sofiee NG/呉海昕)
1989年8月25日、香港生まれ。俳優、番組MC 、モデル。大学を卒業後、キャセイパシフィック航空のCA を勤めた後、2014年にミス香港に出場、落選したものの観客の人気を集め、「“民選”」ミス香港と呼ばれた。その後、ニューヨークフィルムアカデミーで演技を学び、香港に戻り本格的に俳優活動を始める。2015年にはルイス・クー主演『小さな園の大きな奇蹟』、アンディ・ラウ主演『バーニング・ダウン 爆発都市』(20年)に出演するなど、今後の活躍が期待される俳優である。
香港産のホラー映画(恐怖片)と聞いて、誰もが思い浮かべる作品といえば、中国古来の伝承に登場する妖怪キョンシーと道士の戦いを描いた『 霊幻道士』(1985年)。それまでの香港ホラーといえば、アメリカのスラッシャー・ホラーやタイ、インドネシアの呪術ホラーなどから影響を受けた作品が多く、最新鋭の特撮技術とジャッキー・チェンと同世代のアクション俳優、ラム・チェンイン演じる道士が繰り出すカンフーアクションの融合という新境地にたどり着いた一作だ。後にシリーズ化され、子ども向けにアレンジした台湾映画『 幽幻道士(キョンシーズ)』 という副産物が生み出され、日本のお茶の間にも浸透するキョンシー。ジョージ・A ・ロメロ監督の『 ゾンビ』(78年)の影響を受けたか、“中国版ゾンビ”として、『 妖術秘伝・鬼打鬼』(80年)にキョンシーを登場させたプロデューサー、サモ・ハン・キンポーは、そのコワ面白いキャラを前面に打ち出すことで、『 霊幻道士』 を成功に導いたといえる。近年も当時に影響を受けた世代が、道士の弟子役を演じたチン・シウホウを主演に迎え、『 キョンシー』(13年)や『 霊幻道士 こちらキョンシー退治局』(17年)を制作し、中国大陸でもネット映画として製作されるなど、今もなお根強い人気を誇っている。
続いて、香港ニューウェーブの旗手として、怪作ホラー『 カニバル・カンフー/燃えよ!食人拳』(80年)を生み、その後“香港のスピルバーグ”と称されるツイ・ハークがプロデュースした『 チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』(87年)。中国の怪異小説集として知られる「聊斎志異」の一説「聶小倩」(じょうしょうせん)を原作に、成仏できなかった美女の幽霊と人間の青年の許されぬ恋が描かれるが、これは1960年製作の『 真説チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』 のリメイク。『 霊幻道士』 同様、特殊効果やチン・シウトン監督によるダイナミックな演出がオリジナリティを放ち、さらに『 男たちの挽歌』(86年)で俳優としてブレイクしたレスリー・チャンと台湾出身のジョイ・ウォンの美しさを愛でるアイドル映画としても確立。こちらもシリーズ化や再リメイク化、長編アニメ化もされるなど、普遍的な人気作となっている。
1990年代に入り、中国返還を目前にした映画人の複雑な心情を表現したかのような“三級片(成人指定映画)”ブームが到来。雨の夜に現れる連続殺人鬼を描く『 香港人肉厨房』(92年)、マカオの飲食店で起こった一家殺害事件を描いた『 八仙飯店之人肉饅頭』(93年)、白骨状態で発見されたキャビンアテンダントの事件を追う『 溶屍鬼』(93年)など、それまではTV ドラマで製作されることが多かった“ホントにあった猟奇事件”を中心に映像化されていく。『 羊たちの沈黙』(91年)から影響を受け、ハーマン・ヤウというスター監督も生み出した、このジャンルの特色は過激なエロ・グロ・バイオレンス描写。ただ、前出の3 作で事件の容疑者役を演じて注目を浴びたのが、サイモン・ヤム、アンソニー・ウォン、フランシス・ンといった実力派俳優だったことも興味深く、当時を反映した香港ホラーの新しいカタチだったといえる。
そして、98年に公開されたJ ホラーの代名詞『 リング』(香港タイトル『 午夜凶鈴』 )に影響されたホラーブームが到来。どうしてもコメディ要素を入れてしまう国民性か、パロディにしか見えない作品も登場するなか、ピーター・チャン監督がプロデュースしたパン・ブラザース監督作『 the EYE 【 アイ】』(02年)は、終始張り詰めた空気感を醸し出した。角膜移植で視力を手に入れた女性が怪現象に襲われる本作は、J ホラーの発展形といえ、シリーズ化されたほか、ジェシカ・アルバ主演で『 アイズ』(08年)としてハリウッド・リメイク。さらにピーターは、『 香港トワイライト・ゾーン/摩訶不思議物語』(85年)から始まったオムニバス・ホラーもプロデュース。『 THREE/ 臨死』(02年)では韓国のキム・ジウン監督、タイのノンスィー・ニミブット監督とともに、自身も共同住宅の怪現象を描く「ゴーイングホーム」を監督した。その第2 弾となる『 美しい夜、残酷な朝』(04年)では韓国のパク・チャヌク監督、日本の三池崇史監督ともに、香港代表にフルーツ・チャン監督を抜擢。不老不死になる餃子の秘密を描いた「dumplings 」は「ゴーイングホーム」同様、後にディレクターズカット版も劇場公開され、高い評価を得た。
『メイド・イン・ホンコン』(97年)など、社会派のイメージが強いフルーツ監督だが、デビュー作『 大鬧廣昌隆/Finale in Blood 』(91年・未)は、死んだ女性の魂が傘にのりうつる愛憎劇ホラーであり、ハリウッド進出したのも元祖J ホラー『 女優霊』 のリメイク『 THE JOYUREI 女優霊』(09年)。そんな彼は『 さらば、わが愛/覇王別姫』『 ルージュ』の脚本家としても知られる女流作家リリアン・リーの怪談集「夜」を映画化した『 テイル・フロム・ダーク1: 迷離夜』(13年)において、呪いの儀式“打小人”を題材にした「啓蟄」で参加。続編『 テイル・フロム・ダーク2: 奇幻夜』 も好評だった制作チーム「悅目映畫有限公司」が、新たに放ったホラーオムニバスが本作『 香港怪奇物語』(22年)である。今年23年5 月に『 失衡凶間之罪與殺/Body and Soul Soul(未)』 、7 月に『 失衡凶間之惡念之最/Ultimate MalevolenceMalevolence(未)』 が連続公開されるほどの人気シリーズだが、その魅力は何といってもベテラン監督と新人監督のガチ対決。流行りのインフルエンサーに一言申すフルーツ監督に挑む、チャウ・シンチー作品の脚本家出身のフォン・チーチャン監督、本作でデビューを飾ったホイ・イップサン監督。恐怖演出の三つ巴対決を、しかと見届けるべし!